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みなさんこんばんは!なべっちです!

みなさん1週間の休館日ありがとうございました!夏休みに入りどこかへお出かけはしましたか?

なべっちはというと、初めて『相馬野馬追』を見に行きました!!演出もあり、迫力もあり、笑いもありとっても面白かったです!!

昨日は2日目だったので、お行列・甲冑競馬・神旗争奪戦を見ました!



お行列・・・先祖伝来の甲冑に身を固めた500余騎の騎馬武者が居並ぶ、威風堂々にして豪華絢爛な戦国絵巻は、まさに天下無比の圧巻であり、文化財的逸品が揃う「お行列」は動く文化財展として好事家に野馬追をもう一度見たいと言わせる所以です。





甲冑競馬・・・陣螺、陣太鼓が鳴り響くと、兜を脱ぎ白鉢巻きを締めた若武者が、大坪流の手綱さばきのもと、先祖伝来の旗指し物をなびかせ、人馬一体となり風を切り疾走する勇壮な甲冑競馬が開始されます。





神旗争奪戦・・・山頂の本陣から戦闘開始の陣螺が鳴り渡ると、満を持していた騎馬武者たちが、夏草茂る雲雀ヶ原一面に広がる。天中高く打ち上げられた花火が炸裂し、二本のご神旗がゆっくりと舞い下りてくると、数百騎の騎馬武者がこの旗を目指しどっと駆け出し、ご神旗の下に群がり鞭をかざし勇猛果敢奪い合います。雲朱ヶ原祭場地は、戦場と化し祭りは最高潮に達する。





ここで相馬野馬追知識をさらにもうちょっと…

相馬野馬追の由来・・・相馬家の始祖「平小次郎将門(たいらのこじろうまさかど)」は今をさかのぼること一千有余年の昔、相馬御厨の官職に有った頃、新しい軍事力として馬の活用を考え、下総国葛飾郡小金ヶ原(現在の千葉県流山市付近)の牧に野生の馬を放牧し、関八州(北関東八ヶ国)の兵を集め、野馬を敵兵に見立て野馬を追い、馬を捕える軍事訓練として、また、捕えた馬を神前んに奉じ妙見の祭礼として行ったのに始まったと言われている。
 その後、元亭3年(1323年)、相馬氏は奥州、行方郡(現在の南相馬市)に移り住んでからも、代々の相馬領主が、明治維新までこの行事を連綿と続けたのであります。
 相馬家は鎌倉時代より幕末までのお国変えのなかった希少な藩であり、現在でも総大将は相馬家の子孫が務めている。

 福島県南相馬市を中心に相馬、双葉郡に至る、旧相馬藩領(二市四町一村)挙げて開催される国の重要無形民俗文化財「相馬野馬追」は、戦国時代のその昔から一千有余年の歴史を誇る日本を代表する伝統文化行事であります。
 3日間で、500余騎の甲冑騎馬武者が出場し勇壮華麗にして豪華絢爛に繰り広げられる戦国絵巻。「相馬野馬追」は『世界一の馬の祭典』ともいわれています。


すべてもらったパンフレットより抜粋しました!相馬野馬追は海外遠征を行うほどもものらしいので、福島県民として誇りを持っていいものだなと感じました。







ではでは

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